建築家の集合住宅

2015.11.06 | 物件ラボ

場所は福岡市中央区薬院4丁目。浄水通りのすぐ近くで新規の賃貸マンション計画が進行中です。鉄筋コンクリート造6階建ての計10室(1階にテナント1区画)。2016年2月の完成予定。
手がけるのは福岡を代表する建築家、三浦紀之氏。名前だけでは、業界外の方はピンとこないかもしれませんが、三浦さんの作品は皆さん良くご存知でしょう。海の中道ホテル(現ザ・ルイガンズ)やハイアットレジデンシャルスイート福岡(現ザ・レジデンシャルスイート福岡)等、福岡の顔ともいえる建築を手がけた建築家です。1975年に礒崎新アトリエから独立。当アトリエ時代には福岡相互銀行(現西日本シティ銀行)の本店の設計も担当。また、集落の様な低層の住宅から大規模な分譲マンションに至るまで、数々の集合住宅のプロジェクトにも参画されています。弊社が運営するサイト[SELECTROOM]でも、度々、三浦さんが設計したマンションを紹介してきました。

ホームページ→ 三浦紀之建築工房

160を超えるプロジェクトの数々。街に影響を与えるスケールの大きな計画も多数。ここ数年の活動はだいぶ緩やかになったとはいえ、1970年代から最近に至る約40年間、これほど長きに渡り、第一線で活躍している建築家は福岡においては稀有な存在といえるでしょう。
時代の変遷を見続け、そして時代の一翼を担ってきたといえる建築家が手がける最新のプロジェクトについて、色々と話をお聴きできる機会を得、先日、桜坂にある三浦さんのアトリエにお邪魔してきました。

今回の記事では、浄水プロジェクトの話の前に、三浦さんのこれまでの仕事、特に集合住宅にフォーカスして紹介したいと思います。ちょっと長くなりますが、どうぞお付き合いください。

text:春口

・サンライフ大濠

1977年完成。ロールケーキを積み重ねたよう。モコモコとしたアールの屋根が印象的な分譲マンション。

 

 

 

竣工当時、建築雑誌でも紹介された、大濠公園の近くに佇む小規模な集合住宅。後の三浦さんの作品において、ここのデザインが所々にチラリと顔を覗かせることがあり、それらの原点のようで興味深い。話しを聴いて初めて知ったのだが、こちらはスケルトンで販売し、内装は自由設計であった。コーポラティブ形式の走りのようなマンションである。
そして、福岡市内において民間による分譲マンションの第一号は1968年に建った日生西新コーポラス(現コスモ西新コートフォルム)といわれているが、それから9年後の1977年に完成している。その間竣工した集合住宅の中で、作家性を感じさせるものは同市においてはまだまだ希少で、後にデザイナーズと呼ばれるようなマンションとしても、ここは走りになるといえる。
話しは少しそれるが、チャペルサイドアパートメントは1968年、高宮グリーンハイツは1973年、赤坂エクセルは1974年に完成している。60年代末から70年代にかけて建てられたマンションには風格の漂うものが多く存在し、大量生産の時代が訪れる前のこの10年間くらいが、福岡における集合住宅のヴィンテージな時代といえるだろう。

・サンライフ名島

 

1979年完成。名島の丘の上にそびえる白亜の城の様な分譲マンション。
平面的にはくの字型。そして立体的にはくの字の折れ曲がった部分を頂上とし段状に低くなっていくフォルム。丘の上というロケーションと相まって当エリアのランドマーク的な存在となっている。写真では少し分かりずらいが、ここにもあのアールの屋根が随所に見られる。
以前、セレクトルームでも紹介したことがあるので、こちらもご覧いただきたい。

→ リバーサイドのポストモダン、再び。

・東峰マンション ハイツ飯倉

 

1979年完成。連棟式の低層鉄筋コンクリート造。集落の様な分譲マンション。
中庭を中心に計画された建築で、路地のようなアプローチが東西に接道する通りへと抜けている。

→ 飯倉の白い集落

・東峰マンション ハイツ干隈

 

1980年完成。上のハイツ飯倉と同様に低層鉄筋コンクリート造の分譲マンション。ただしこちらは独立性の高い住戸が市松模様のように配置された集合住宅。敷地は緩やかな西向きの斜面にあり、採光を得るために、斜面に対してグリッド上の住戸を45度振った上で少しずらしてある。ずらすことにより生じた空間がアプローチとなっていて、実際訪れてみると折れ曲がる路地を歩くような感覚がして面白い。
斜面の上下がそれぞれ接道していて敷地を通り行き来することができるのだが、形状的に見通すことができないので、長い直線の階段から受けるきつい印象が軽減されている。
また、中心付近の2区画分は空けて小さな広場にしてあり、息抜きや迷った時の目印としての役割を持たせている。

→ 深み増す、干隈のタウンハウス

・東峰マンション ハイツ大橋

 

1983完成。コの字型の分譲マンション。通りに対して閉じた感じの建物。
城門のようなエントランスをくぐると風景が変わり、異国の街角みたいな中庭が出迎えてくれる。
ここのアールの屋根はグリーン。

→ 少年的妄想の途中

・コーポラティブハウス平尾

 

1984年完成。同年、住宅金融公庫がコーポラ向けの商品を供給開始し、それを福岡において最初に採用したマンション。
ここにもあの屋根が…

・クリスタージュももち

※北側の面は外壁工事中だった
1992完成。福岡市住宅供給公社による分譲マンション。
いわゆるバブル経済の真っ最中に計画が進んだ集合住宅で、抽選倍率が200倍以上に跳ね上がった部屋もあったとのこと。

 

 

 

百道浜の戸建が建ち並ぶエリアの入り口に位置し、電柱や電線の無い美しい並木道が抜けるこの街に対して、大らかに敷地を開いている。広場の様なスペースを挟んで二棟の建物が横たわり、その両サイドを表通りから裏通りへと路地の様なアプローチが抜けている。近隣住民の皆さんも抜け道としてここを利用している模様。
同年、同じ百道エリアに、三浦さんの代表作の一つともいえる、ハイアットレジデンシャルスイート福岡が完成。

・ネクサスシーサイド百道

 

 

1994完成の分譲マンション。旧ハイアットレジデンシャルスイート福岡に隣接。かまぼこ型の建物が3棟、90度と120度程度ずつ振られて配置されている。
円柱状の旧ハイアットと並び建ち、この一角を有機的に形作っている。同じ設計者だからこそ創り得た風景がここにある。

・カーサヴェント百道

 

1996完成の賃貸マンション。中央の棟を頂上にして左右に展開する、シンメトリー且つ山並みのようなデザイン。
北側にファサードを設け海側に開き、南の通路側壁面にはガラスブロックを用いて採光を確保した。また、当時のワンルームのサイズは20㎡位が一般的だったところを33㎡クラスへ引き上げた。

・ヴィアレット桜坂(現ベーシック桜坂)

 

2009完成の賃貸マンション。崖の様な斜面に建つ鉄筋コンクリート造の4階建。
地下鉄の桜坂駅より徒歩3分程度の場所ながら、大通りからは完全に死角になっていて喧騒も薄らぐ閑静なロケーション。そして斜面の上下それぞれが接道していて、上の通りから見ると平屋のように見える建築。

 

 

 

 

ヴィアレットとはイタリア語で小路という意味。下のエントランスから敷地に入ると、一本の、まさに小路のようなアプローチが敷地の奥へと誘導してくれる。程よく味の出たレンガ調のタイル張りに多種多様なグリーン…欧州の小路といった風情。小路を進むと、やがて、谷間にひっそりと佇む小さな集落のような集合住宅が姿を現す。実はこちら、三浦さんがアトリエ兼自宅として使っている「対壁の家」と敷地が隣接していて、この一角は三浦さんが年月をかけて計画してきたエリアである。今後、アトリエの余ったスペースをリノベーションし貸し出すことも検討していて、計画は今なお進行中だ。

以上。

今回あらためて、三浦さんが手がけた集合住宅を見て回ったのですが、建物のデザインや路地に見立てたアプローチ、植栽計画など、一気に通して見学したことにより今までにも増して随所に「らしさ」や時代性を見つけることができて興味深かった。そして何よりも感じたのは、建築と街との関係性。建築が街に開いていたり街のランドマークであったり、有機的にエリアを形作っていたり…点ではなく、引いて風景として見たときに、三浦さんの建築当時の想いに触れることができたような気がして、実に有意義な取材となりました。

次回はいよいよ、2016年2月完成予定の浄水プロジェクトを紹介します。